【地域インタビュー02】 故(ふる)くて新しい風景を、未来へ。- 一般社団法人BOOT 代表理事 矢部佳宏さん

【地域インタビュー02】 故(ふる)くて新しい風景を、未来へ。- 一般社団法人BOOT 代表理事 矢部佳宏さん

今回の舞台は、福島県 西会津町。
NIPPONIAの中でもひときわ小さな「NIPPONIA 楢山集落」で事業に取り組んでいる一般社団法人BOOT 代表矢部佳宏(よしひろ)さんにお話を聞きました。

一般社団法人BOOT代表 矢部佳宏さん

新潟県と福島県の境にある高陽山(こうようざん)の麓に楢山集落が出来たのは今からおよそ360年前。それから代々開拓者の一族が守り繋いで、現在は19代目である矢部さんが弟さんと一緒に集落を引き継いでいます。

1942年頃の楢山集落。右側の3軒が現在NIPPONIAの宿になっています。

矢部さんは大学でランドスケープ*を学んだ後にランドスケープアーキテクトとして国内外で実績を積み、2012年に故郷である楢山へと戻ってきました。
楢山集落のプロジェクトを通して、矢部さんが未来に託したいものは一体なんなのでしょううか。

 

ランドスケープとの出会い

「ランドスケープアーキテクト」という概念と職業が形として現れたのは、1850年代末のアメリカです。都市化と工業化が急速に進み、自然環境が失われていったニューヨークで、造園家 フレデリック・ロー・オルムステッドと建築家 カルバート・ヴォックスの二人が1858年にセントラルパークの設計競技に勝利したことが大きな契機でした。

「人々が自然と触れ合える民主的な公共空間をつくる」という理念のもとに生まれたこの職能はその後、都市公園にとどまらず、キャンパス設計、自然保護、地域計画など広い領域へと展開しながら、世界に広がっていきます。

ニューヨークのセントラルパーク。都会の中に生まれた人々の憩いの場所です。

 

矢部さんがランドスケープという学問に出会ったのは大学時代。
子供の頃からレゴブロックなどで町を作って遊ぶことが好きだった矢部さんは、大学時代もインテリアから建築まで幅広く興味を持ちました。
最終的に、国内のランドスケープアーキテクトの草分けとして知られる上山良子氏の下でランドスケープを専門的に学ぶことを決めます。

 

矢部さんがその道に進んだきっかけは楢山集落の縁側。

「楢山の家の縁側が最高に心地が良かった。いわゆる建築と外部空間の中間領域みたいなところなんですよね。半分屋根が掛かっているけど外でもある。そういう中間領域的なところになぜだかすごくワクワクして、これは建築よりもランドスケープなんじゃないかなと。」

 

なぜ自分にとって縁側がこんなに心地よいのだろう。
その理由が分かれば他の空間づくりにもその原理を展開できるのではないか。自分の感覚と疑問を背景に楢山を研究フィールドにしたい、と上山先生に相談したところ、強く応援してくれたといいます。

 

「楢山で学んだことを土台にして都市デザインをやりたいと思っていたんだけど、先生は僕の話を聞いた瞬間に「それは素晴らしい。楢山に戻って活躍するんですね」って。「”ルーラルランドスケープ”という言葉があって、それはすごく大事だし、いいと思いますよ」と勧めてくれた。」

 

そこで矢部さんは、楢山を研究対象にしてランドスケープデザインをほぼ一から学び始めました。

 

矢部さんの原点になった楢山集落の実家。現在は宿のフロントとしてお客様をお迎えしています。

 

ランドスケープの思想や考え方を専門的に学んでいく中で、そこで重要だと言われている考え方が、自分が生まれ育った土地で当たり前のように感じていた感覚と同じだと矢部さんは気が付きました。
例えば、人間の身体や感覚を基準にした規模で空間をデザインすること、土地と人間の結びつきを空間の中に作り出すということ。

人にとって心地の良い空間をデザインする上で大事だと説かれていることは、矢部さんが楢山集落や、子供時代を過ごした蔵の町 喜多方でずっと感じていた空間の在り方そのものでした。

 

大学卒業後、師である上山良子氏の東京のランドスケープデザイン事務所で修行し、その後カナダの大学院でランドスケープの研究を続け、上海などの海外でランドスケープの仕事を手掛けた矢部さん。
転機になったのは2011年の東日本大震災。集落を継ぐためにいつかは戻ろうと考えていましたが、震災を機に楢山へ戻ることを決意しました。

 

楢山集落が動き出す

楢山集落で宿をする、という構想は早い時期から矢部さんの中にはあったといいます。
集落を維持していくために、持続性があり次の展開に繋げられる事業は宿しかない。色々と調べた中で辿り着いた結論でした。

とはいえ、当時の矢部さんは経営やファイナンスの知識がありません。どうやって始めるのか分からず、ただ時期が来たら、と考えていました。

事業が動き出したのは突然でした。

2016年冬、講演のため西会津町を訪れた当時の一般社団法人ノオトの代表と話している中で、農水省が実施する翌年の春の補助金事業に申請することになったのです。
法人の設立、事業計画作成、資金調達…。初めてのことばかりで準備も覚悟も追いつかない中、時間だけが刻々と過ぎていき補助金申請の期日が迫ります。

「すごいブーストでしたよ。階段でいうと10段飛ばしくらい。覚悟をバシッと決めてからやる暇もなかったですけど、僕自身が流れに乗るのも大事だなと思ってもいたので。でも補助金申請の前日あたりの記憶はないです。全部決めなきゃいけない瞬間、申請を出したら後に戻れないというプレッシャーがすごくて。」

 

NIPPONIA事業の中でも初期の取組みである楢山集落。全国的に古民家宿の前例も少なく、矢部さんは全て手探りで進めていくしかありませんでした。

どうにか無事に申請がおりると、そこからは腹をくくるしかありません。
2018年に実家の一部と蔵、納屋を宿として改修し、2019年の9月に開業。

プロジェクトに共感する心強いアーティストが仲間として法人に加わったことで、アイデアが強化・支援され、今年の9月でなんとか7周年を迎えました。

蔵を再生した客室。土壁はそのままに。手前の建具には集落内の池で漉いた和紙を使っています。

 

 

一つの惑星をつくる

 

NIPPONIA事業が始まるより前に、矢部さんは楢山集落で「プラネタリ―・ヴィレッジ*」という独自の構想を生み出しました。
この言葉は、学生時代に矢部さんが楢山集落の研究をしている中で感じた「集落そのものが多様な生態系を内包する一つの惑星のようだ」という感覚と、地球全体を一つの庭と捉える「プラネタリー・ガーデン*」というランドスケープの考え方が合わさって生まれたものです。

矢部さん曰く。

日本の山間部・中山間地域の農村集落は、分水嶺(稜線)を自然の村境として、一つの流域を単位に形成されます。

そこに暮らす人々は、暮らしに必要なものの多くをその流域の中で得て、使ったものを土と水に還し、山・里・田・川が連なる循環の中に暮らしを組み込みながら生きてきました。
塩や鉄など流域の外から求めるものもありましたが、生活の根幹は地形と水系が刻む境界の内側で完結する仕組みの上に築かれていたのです。

「日本人は元々自然に対して畏敬の念を持っていたし、人間は自然の中に溶け込んでいくという考え方をしていたと思います。けれど近代に入って人間側の向き合い方が変わってきてしまった。僕は楢山集落でもう一度現代の自立循環系を作り直したいと思っています。例えば、食べるものは目の前の風景の中のもので完結するような。まだまだこれからですが。」

秋の楢山集落。昔の人たちは、自分の目で見える空間の中で暮らしを循環させていました。

 

 

矢部さんは、元々日本で営まれていた自給自足の循環システムと現代のテクノロジーを融合させることで、理想的な自立循環システムを再構築できるのではないかと考え、それを楢山で実践しようとしています。
故(ふる)くから伝わる知恵や習慣と新しい技術や知識の力、それらは全く異なるベクトルですが、私たちにとってはどちらも必要で大切なもの。

 矢部さんが目指すのは、人間の暮らしと、その暮らしを支える自然環境や精神・文化が互いに調和した状態。


それは、上山先生がかつて言っていた“ルーラルランドスケープ”そのものでした。

 

 

NIPPONIA 楢山集落は、壮大な「プラネタリ―・ヴィレッジ」プロジェクトの一つなのです。

 

 

◆NIPPONIA 楢山集落の宿のご予約はこちらから。
NIPPONIA 楢山集落:https://www.ikyu.com/00050875/

◆一般社団法人BOOTについて知りたい方はこちら。
https://www.boot-diversity.com/


≪文中注記≫

*ランドスケープ
「風景」や「景色」だけでなく、自然環境と人間活動が調和する、歴史や文化を含んだ土地の空間的・視覚的な広がりを指す総合的な概念。
ランドスケープアーキテクチャーは単なる空間のデザイン設計だけでなく、その空間が人々の生活にどのように働きかけるかを考え、空間と人の間のコミュニケーションまで含めて設計する視点が必要だと矢部さんは考えている。

*プラネタリー・ヴィレッジ
惑星的集落」 ——地球という一つの生態系の内側に、自律・循環する生の場として存在する集落。グローバルな均質化の対極にあり、場所の固有性を通じて宇宙論的視野を開く居住の形。現在、プロジェクトのコアメンバーは矢部さんのほか、(一社)BOOTのメンバーでもある山口佳織氏、矢部俊宏氏が共に担っており、今後本格的にプロジェクトを進める予定。

*プラネタリ―・ガーデン
フランスのランドスケープアーキテクト、ジル・クレマン(Gilles Clément)が提唱した概念で、自然の力を引き出しながら共生するランドスケープデザインの考え方 。
地球という閉じた系全体を一つの庭として捉え、人間をその庭師であると同時に庭の一部でもあると位置づけた。庭師は惑星スケールの視野を持ちながら、目の前の一点だけを耕す——その逆説的なスケール感が核心にある。

■■■編集後記■■■

2026年4月初旬、雨の降る楢山はまだ少し肌寒く、白い霧に包まれた風景は本当にどこか別の星のようでした。

都会から離れ、山々に守られるようにあるこの場所だからこそ、時代の勢いに吞まれることなく、自分たちにとって大事なものは何かを冷静に見定めることができるように感じます。



【地域インタビュー】では、全国各地のNIPPONIAに関わる「人」にフォーカスしてご紹介します。
今後の記事もお楽しみに!

2026/8/14 記事作成:NOTE 小栗)

一般社団法人BOOTが管理する「西会津国際芸術村」。木造の中学校を活用している。未来に残したい風景の一つ。

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